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夢・光・音

日々の生活の中で生まれてくる想いや感情を詩や文章などで吐き出そうと思います

最近読んだ本

最近もそれなりに本を読んでいた。この1ヶ月で、知り合いからプレゼントされた乙一の「暗いところで待ち合わせ」、T・S・エリオットの「荒地」、「エミリー・ディキンソン詩集」、J・D・サリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」、新潮文庫の「絶望名人カフカの人生論」、鈴木晶の「精神分析入門」などを読んだ。

どれも面白かったが、「荒地」と「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は読んだのが初めてじゃなかったのにもかかわらず、興味深く、強く心を打った。

「荒地」を一部引用しよう。

女が長い黒髪をまっすぐ引っぱって
それを弦にして囁きの音楽を奏で
赤ん坊の顔をした蝙蝠たちがすみれ色の光の中で
きぃーっと鳴き、ばたばたと羽ばたいて
頭を下にしたまま黒ずんだ壁を這い降りていった
堂搭もまた空中に逆さになって
追憶の鐘を鳴らし、時を告げると
涸れた井戸と湧水の絶えた泉から歌声がした。

前は詩なんて、ただ字面をたどって、なんとなくわかるくらいだったけど、 今は自分が詩を書くようになったからか、すごく楽しめるようになった。エリオットの詩は他の優れた詩人と同じようにリズムが素晴らしいし、優れた絵画、特にシュールリアリズムの絵画(例えばキリコやダリ)のように、豊かにイメージを喚起する。読んでいると魔術にかかったように異世界に引き込まれる。音楽を聴いているように、あっという間に読めてしまった。また、これから何度も何度も読むんだろうなという気がした。


キャッチャー・イン・ザ・ライ」は高校を放校処分になる16歳のホールデンがクリスマス前の何日かをニューヨークのあちこちでうろうろするという話だ。社会や学校・大人に反抗心をあらわにするホールデンには誰もが共感できると思うし、16歳っていう難しい時期を非常にリアルに巧みに描けていると思う。ホールデンの生きづらさはサリンジャーの生きづらさでもあるし、僕の生きづらさでもあるし、あなたの生きづらさでもある。僕は、29歳で年齢的にも精神的にも大人になってしまったわけだけど、年を経るごとに大人になるごとに、大切なものまで失くしてないかと自問自答させてくれるような名作だ。この作品もことあるごとに、人生の里程標として、読み返すことになるだろう。

今回読んだ時も思わず泣いてしまったシーンを引用して、今日の記事を締めくくりたい。今日も読んでくれてありがとうございました。

フィービーは僕の手からお金を受け取った。「あなたのことをもうべつに怒ってないんだよ」と彼女は言った。
「知ってるよ。だから早く行っておいで。すぐにまた回り出しちゃうからさ」
それから出し抜けに彼女は僕にキスをした。そして手を前に差し出した。「雨が降ってる。雨が降り出したわ」
「知ってるよ」
それからフィービーが何をしたと思う?ほんとに参っちゃったんだけどさ、僕のコートのポケットに手を突っ込んで、赤いハンティング帽を取り出して、それを僕の頭にかぶせたんだよ。
「君はいらないのかい?」と僕は言った。
「少しのあいだ貸しといてあげる」
「わかった。でもほら、急がなくちゃ。もう回りだすぞ。そうしたらお気に入りの馬に乗れなくなっちまうよ」