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夢・光・音

日々の生活の中で生まれてくる想いや感情を詩や文章などで吐き出そうと思います

馬鹿な文学青年の真夜中の想い

今日は台風の夜だからか、ばぁちゃんの具合が悪いからかはわからないですが、なんとなく胸騒ぎがして、午前1時半になっても眠れないので、昨日頭に浮かんできて通りすぎていった想念について書いてみたいと思います。おつきあいください。

夏の終わりが近づいてきたし、僕らや僕らより少し上の世代にとってはいろいろな意味で強く影響を与えてきたSMAPの解散が決まったことや高齢の祖母が体調を崩していることなどがあいまって、昨日は「諸行無常」や「時は止まることを知らない」などの言葉が無意識の中でグルグル駆け巡っていた気がします。

時を止めることは誰にもできません。大統領にだって、金メダリストにだって、アイドルにだって、できません。時代は流れてゆくし、季節は振り返らずに過ぎていきます。自分の知っていた俳優や元スポーツ選手、著名人の訃報もよく聞くようになりました。

そういった時の流れを感じさせる出来事に接しても、昔は切なかったけど、今は前よりも淡々と受け入れている自分がいます。祖父や父を亡くした経験も影響しているのかもしれません。自分が年を重ねたり、徐々に若くなくなっていることも前よりも受け入れてきました。会えなくなった人が会えないままでいることにも慣れ、受け入れ、そのことに感謝すらしています。再会できたら、再会できたでいいけど、会えないままでいることの方がいいってこともきっとあるのです。そして、彼らは今でも僕の中にはっきりと「いる」のです。

僕は今でも愛する彼らに宛てて、手紙を書いています。詩や文章という形で。それはほとんど彼らには届かないでしょう。そのほとんどが封を切られずに処分されるでしょう。それでも僕はいいのです。読まれるか、読まれないかは、大した問題ではないのです。そして、なぜか確信があるのですが、距離も時間も越えて、今でも僕は彼らと繋がっているのです。

だから、生きているし、書いているのです。病を抱え、体調が不安定な僕にとって、自己実現は会社の仕事を頑張ることや家庭を築くことよりも、「文学」というもので自分や「美」、周りへの感謝、世界にあるあらゆるものへの想いを表現することにあります。

いつか納得できるものに到達したいです。「文学」というものに対して、わからないなりにわかってきた気がします。一合目ぐらいにはたどり着いた気がします。先の道は険しいし、曲がりくねっているけど、最後まで登り、頂上から見える美しい光景を瞳の中に焼きつけて、「死」というものを受け入れたいです。

ご静聴ありがとうございました。