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夢・光・音

日々の生活の中で生まれてくる想いや感情を詩や文章などで吐き出そうと思います

途中までの書き物、載っけてみます(続きは書くか、わかりません)

和也はさえない文学青年だ。何も持ってない。地位も名誉も才能も彼女も。もうすぐ30になろうとしているから、若さも失おうとしている。
仕事は休みがちだし、病気持ちだから、体も弱い。アルバイトと仕事を転々としてきた。でも、文字を書く行為(「文学」と言っていいかは怪しい)だけは10年近く続けてきた。だからって、めざましいものが書けるわけじゃないし、才能だって乏しい。「下手の横好き」とはよく言ったものだ。
とまぁこんなふうで、和也は言ってしまえば、八方塞がりだった。人生の活路の見つけ方だってわからない。そう思い込んでるだけかもしれないが、そう思い込んでる自分を変えられない。
世界の見方だって否定的な調子を帯びていたし、口をついて出るのはためいきとコンプレックス。言ってしまえば、和也は子供の頃になりたくなかった人間になってしまったのだ。それは今さらどうしようもない。人は結局、「今」の自分からスタートするしかないのだ。
ただ幸い和也には仲間だけはたくさんいた。昔からなぜか多くの人に応援されたし、愛された。それは和也の持っている唯一の才能らしきものだった。
和也には親友と呼べる友達が二人いたが、同世代の親友には最近彼女らしきものができて、二人の関係は微妙なものになっていた。素直に祝福したい自分もいるのだが、嫉妬や羨望がそれを邪魔した。そういう複雑な感情に飲み込まれた時、支えてくれるのはいつももう一人の親友只木さんだった。
只木さんは和也より20歳近く年上で、余裕があったし、優しかった。そして、的確なアドバイスもよくくれた。風貌や経歴は随分変わっていたが、信頼できる人格を持っていた。

こういうわけで、和也は憂鬱や不安、絶望、期待、夢、様々な感情を同時にたくさん抱え込んでいた。発作的に「死んでしまいたい」と思うこともよくあったし、生きていることが嫌になることもよくあった。それと同時に嬉しくて、全身に力がみなぎる時や満面の笑みがこぼれる時もよくあった。
和也の感情はジェットコースターみたいだった。すごく繊細だったし、過敏だった。病的なまでに感じやすかった。強さ・脆さ・純粋さ・弱さ、それぞれ同じくらい抱え込んでいた。将来どうなるのか?と和也自身が一番心配していた。和也には賢く生き抜くためのズルさや巧さが徹底的に欠けていた。
そういう部分を可愛らしいと思ってくれたり、魅力的に感じてくれる人もいたが、多くの大人はそんな不器用で、馬鹿正直な和也を嘲笑した。
でも、和也には損をしても守りたいだけの信念があった。信念というのはすごく説明の難しい微妙なものだった。キリスト教にも通じるような精神的な・宗教的なものだった。ズルをしない・弱い側の味方をする・嘘をつかない。そのようなものだった。でも、説明し難い微妙なものもあった。「自分は幸せになっちゃいけない」と思っている節が和也の中にはあった。和也は自分で幸せから遠ざかるようなところがあった。自罰的とでもいうような傾向が和也にはあった。
和也には幼い頃から、宗教的素質があった。姉に好きな食べ物をあげたり、寒い中薄着でずっと待っていたり、お小遣いで買ったお菓子を同級生にたくさんあげたり、いじめられてる子を助けたり。
和也は苦しみや悲しみの方を楽しさや喜びよりも愛しているようなところがあった。そういった不幸な性向が和也の人生を悲劇的な方向に導いていた。
でも、それを塞き止めてくれる存在も和也の周りにはいた。